加藤 雅人 〜かとう まさと〜
1979年1月3日生 B型 東京都出身
特技:ドライブ 趣味:ドライブ
所属事務所:イマジネイション
 中学時代、祖父に「成績が上がったら小遣いをやる」
と言われ猛勉強、その勢いを保ち高校受験へ挑み、名門
明治大学付属中野高校に入学。以後、勉学に励むことな
くしょうもない男子校生活を送り、そこそこやっていれ
ばもらえる推薦枠を得て、惰性で明治大学に入学。
 「附属上がりはバカ」という言葉を見事なまでに体現
した生活ぶりは、地方出身者の同級生に根拠のない安心
感を与え、また感情の起伏がほとんどないその非人間的
な性格から表面的ではあるが「いい奴」と認識され、友
人の数はラブリーヨーヨーの中では随一を誇る。
 今でこそ干涸びた鳥の巣のような頭であるが、かつて
は月に一度ストレートパーマをかけ、あざやかにスタイ
リングされた髪をなびかせ颯爽と現れ、女子(その大半
はブサイク)から黄色い声援を浴びせられる、今で言う
イケメンであった。明大前の居酒屋で口説いた女子を夜
中の校舎に連れ込みペッティングした「手○ン伝説」は
我々の記憶に深く刻み込まれている。ちなみに当時のあ
だ名は、「手マ○王子」。今の「王子」ブームの先駆け
であった。
 実家は老舗のお茶缶製造会社で、地元浅草では街を歩
けば「坊ちゃん、坊ちゃん」と声をかけられるが、決し
て金持ちぶることはなく、とても人当たりのよい、滅多
なことでは怒らないナイスガイである。
 下北沢などで飲んでいてどんなに盛り上がろうとも、
終電の時間になるとさっと帰る、決して周囲に流されな
い、芯のしっかり通った江戸っ子。
 「皇居より西は東京じゃねぇよ。」毎朝、国技館から
昇ってくる朝日を浴びながら育った彼だからこそ言える、
含蓄ある言葉である。
            
〜『ガラスの10年』より〜
多田 岳雄 〜ただ たけお〜
1979年1月1日生 A型 京都府出身
特技:走ること 趣味:麻雀
所属事務所:イマジネイション
 高校時代陸上部に所属、中距離走者として毎日ただひ
たすら走る。たくさん走ったご褒美に大学の推薦枠を得
ることができ、数校の中からあみだくじで明治大学を選
択。指定校推薦者は必ず面接を経て合否が決定されるの
だが、現在の彼が面接なんてものを受けようなら、即刻
不合格となるであろう。無事入学していたということか
ら、当時の彼は今よりもいくぶん賢かったと推測される。
 この10年間、彼の行動はいつも周囲の人間を驚かせ
てきた。公演本番中突然頭を丸めて来たり、クリスマス
の夜に発砲スチロールの上に蝋燭を立て、そのまま眠っ
てしまいボヤを起こしたり、エロサイトを見てまんまと
ワンクリック詐欺に引っかかったり、「クリックして」
という言葉を聞いて、パソコンのモニターをグイグイ押
してみたり、毎月おねしょやうんこを漏らしたり、もは
やうんこやおしっこを漏らす程度のことは何とも思わな
くなる程、彼の行動は我々の想像を超えている。
 あえて彼を擁護するなら、多田岳雄という人間は限り
なくピュアな人間である。彼の中に「悪」とか「不幸」
とかいう概念は存在しない。「詐欺なんてする人がいる
わけがない」「こんな素敵なクリスマスの夜に、発砲ス
チロールが燃えるわけない」
 そんな人間に「(クリックというのは)そこを押せば
いい」と説明して、モニターをグイグイ押してしまった
ら、それはもう説明した人間が悪いのである。
 汚れた大人はうんこもしっこも漏らさない。汚れを知
らない多田岳雄だからこそ、うんこもしっこも漏らす。
 荒みきった世の中で日々抗う我々にとって、彼と接す
ることはある種のスピリチュアルヒーリングであるが、
鬱陶しいことこの上ない。そこが問題だ。
            
〜『ガラスの10年』より〜
田中 聡元 〜たなか そうげん〜
1978年9月23日生 O型 千葉県出身
特技:卵料理 趣味:波乗り
所属事務所:ファザーズコーポレーション
 厳格な公務員の父と、詩をこよなく愛する母との間に
長男として生を受け、房総の潮風をまんべんなく受けす
くすくと育った彼の汗は、人よりも数倍塩っぱい。
 地元の進学校に進み、皇室の方々も通う某大学に推薦
入学の内定を得ていたが、喫煙が発覚し一週間の停学と、
推薦取り消しの罰則を受け、急いで受験勉強し明治大学
に入学。入学当初は居酒屋や牛丼屋でアルバイトをする
至極普通の大学生であったが、クラスメイトであった加
藤雅人と親睦を深めるうちに劇を始めることとなる。
 大学卒業後株式会社ポーラに入社し、劇を辞める。北
関東の薬局へ営業に赴き、シャンプーとリンスを売り続
ける日々を過ごす。持ち前の鬱陶しい程の明るさで、新
人としては異例の営業成績を修めるも、一般社会では、
冗談を言ってもツッコんでくれる人や、絶妙なフリを投
げてくれる人が必ずしもいるとは限らず、自分のギャグ
が下水へ流される水のごとく受け流される日々が続いた
結果、心身のバランスを崩し、常に左に傾いた状態にな
るまでとなった。そんな日々を過ごす中、「自分は必要
とされていない」と事態を拡大解釈し、入社8ヶ月目に
前年比150%の売り上げ記録を残し退社。 
 会社を辞する際、社長宛に書いた辞表は、まるでみみ
ずの這ったような小汚い手書きのものであったが、どこ
か相田みつをの書に通ずる趣があったことは印象深い。
 普段の明るい性格とは裏腹に、一人になるとまるで人
生に絶望したかのような表情をしている。また犬を飼い
始めてから、時折人の言っていることが理解できていな
いような表情をすることもしばしば。箸の持ち方が酷く
変なのだが、そのことを指摘すると黙り込んでしまう。
なかなかどうして謎多き男である。
            
〜『ガラスの10年』より〜
中谷 竜 〜なかたに りゅう〜
1978年9月16日生 B型 徳島県出身
特技:チャリテク 趣味:音楽鑑賞
 郷土徳島を深く愛する彼にとって、阿波踊りは人生そ
のものである。そんな彼が17の夏、「この世界一素晴
らしい阿波踊りを全国に広めたい」と思い、まずは首都
東京を攻めることを決意。
 持ち前の「目上の人からは良くみられるそつのなさ」
を発揮し指定校推薦枠を奪取、明治大学に推薦入学。
 下宿先のアパートのある調布市国領の甲州街道沿で、
独り阿波踊る彼であったが、高円寺という街で大々的に
阿波踊り祭りが開催されていることを耳にし、実際にそ
の規模を目の当たりにして「全国阿波踊り行脚」への情
熱は一気に消失。孤独を好む性格から音楽へと情熱を移
す。ロフトを生活スペースとしメインである6畳間はDJ
ブースと化し、夜な夜なハウスを爆音でかける日々を過
ごす。
 そんな孤高な彼は、人の気持ちを汲み取ることが苦手
なようで、相手が行きたがってもいないのにブックオフ
に連れて行き、相手を放ったらかしたままCDを物色し続
けたり、話しかけられてもiPodのイヤホンをしたままだ
ったり、会話の途中で突然携帯のゲームを始めたりと、
幾度となく友人たちの逆鱗に触れてきたが、決して偉い
人の前ではそんな態度を取らない。その理由を彼はこう
語る。「だって偉いから」竹を割ったようなさっぱりし
た性格である。 
 今でこそ映画やドラマで活躍する彼であるが、かつて
就職活動期に一社も内定を得られず、その人生を悲観し
た時期もあった。そんな彼も流行に乗って「メガネ男子」
としてモテ期を謳歌しているわけであるが、独自の調査
によれば、「メガネ男子が好き」という女子の9割はブ
サイクである。
            
〜『ガラスの10年』より〜