田中聡元の思い出〜その二〜
大学2年生だから19歳。本当にちょうど10年前位じゃないでしょうか?
これ当時の僕ん家ですね。
おそらくストレートパーマを10日に1回位の頻度でかけていた同じクラスの加藤雅人。同じ京王線沿線に住んでいた、四国の島国根性丸出しの中谷竜です。
たいして仲良くも無いのに、家に招き入れて、当時の僕は東京での一人暮らしが相当寂しかったんでしょう。この時僕の髪の色は白色でした。東京に染まりたくて、舐められちゃいかんと必死にブリーチしてました。
お正月、実家に帰ったとき、それをみたウチのおじいちゃんは、栄養が足りてなくて、一人暮らしが辛すぎて髪が白くなってしまったんだと本気で心配してくれました。
おじいちゃんの目にもそれがオシャレに映らなかったのが残念でなりません。教えてあげたいな、そのストパー意味無いよ、その髪の色、やばいよ、むしろダサいよ、お前の顔、自分が思っているよりずっと貧相だよって。

なんでなんでしょう、ストレートパーマをかける人、狂ったようにブリーチをする人。間違った方向ではありますがやたら外見を気にしていたんですね。外見なんてどうだっていい、中身だよ、中身。
あれから10年、いまや、年中クルクル、髪真っ黒でボーボー、髭もビョンビョン、スチールウールの髪質のメガネですからね・・・・。
中身を求めすぎてもいかんという事だろうか。
難しい。難しいよ、さじ加減。