中谷竜の思い出〜その三〜
さてまた今回は私の順番
今まで2回連続98年の内容で攻めているので敢えて98年モノで。
大学に入って初めての春休みっつーことでT君、加藤氏、中谷でT君の故郷滋賀県まで車で行っていました。
当時も今も加藤氏はドライバー。
氏が、京都を堪能した後の帰り道。
国道一号線を軽快にアニメソングを口ずさみながら進んでいたんですが、腹が減ったとのことで写真にあるようにビックリドンキーへ。
ビックリドンキー駐車場に乗り込もうと左折したが最後。

原付の姉ちゃんを撥ねました。

車内騒然。口あんぐり。カルチャーショック。出家覚悟。
慌てて車から飛び降り状態を確認すると、原付の姉ちゃんは意外とピンピン。
多少原付「カラカラー」というプラッチックが割れたであろうみたいな空しい音。
加藤氏自分の連絡先を渡して意気消沈。
ハンバーグを頬張るときも随時「終わった」を連呼。
そんな重い気持ちは彼の東京へのお土産。
そんな事件がありました。
そこで。

それからどうにかなりましたか?
ぼったくられましたか?
ヤーさんから「おどれか!」と連絡ありましたか?
今さら聞けないので書いてみました。

リアルに助手席にいた自分が思い出してみると、
「マンゾー、原付おるよ。おるよ・・・・・おるよ!危ないよ!(人)はねるよ!」

ドンガラガッシャーン!!!!!

どちらにしても左折ウィンカーをパイルダーオン。
マニュアル忠実な減速運動。
明らかに前方不注意な原付姉ちゃん。
唯一巻き込み確認をしたのが中谷でした。
で出たのがさっきのセリフ。

写真を見て10年越しで思い出しました。
写真はハンバーグを食い終わった後、無理にテンションを上げて写真撮影に挑んだ彼の哀れな姿。
そんな彼は今もひたすたドライバー。

1998年 47kg(晩飯には餅オンリーで過ごした冬)