中谷竜の思い出〜その一〜
写真は1998年5月頃撮影。
同年5月2日、X JAPANのhideが死去。
夏、ドラマ『GTO』放送。
言いたいことも言えない世の中だった。
松坂大輔(横浜高)が春夏の甲子園制覇。
若貴全盛期。
VIVA10years!
10周年ということで何か探せやと。
何かと思い出出してこいやと。
お上からのお達しがありましてガソコソと部屋をいじくり倒して出て来たのがコレ。

演劇なんてよもや自分がやることになるなんて思ってもみませんでした時代のもの。
ラブヨー初出演の時の姿なのだが。
やった役は伝説のヤクザというなんじゃそりゃの役。
その為に背中に水でピタッとくっつける入れ墨を多数。
思い起こせば指で引っ掻くと剥げちまうってことで痒いところは叩いていた思い出が。
入れ墨と言っても貧乏学生には高価なのでワンセットしか用意がありません。
なので公演終了まで寝るときはベビーパウダーでポンポンと守らされてました。
めんどくさい。非常にめんどくさい思いがよぎります。
こんな貧相なヤクザがいんのかって。

公演内容はどんなだったかあんま思い出せませんが、相手役のソーゲンはスキンヘッドにサラサラヘアのヅラを被り演じるのだが、クライマックスにヅラを取り頭をひげ剃りで剃りながらセンセーショナルな登場をするという自虐一発のギャグを開発したのだが、笑いがくるどころか誰もその前にヅラを被っていたことに気付かないという、まるで「気付いたら終電すぎてました」感覚を観客全員に浴びせてくれました。

ちなみに写真のこの部屋は僕の部屋じゃぁありません。
当時非常に仲良くしてた近所のT君のお家です。
思い起こせばこのお家には所狭しとドクロマークがございました。
そのおかげか髑髏って漢字を書けるようになりました。
どこを見渡しても視線を感じるという役者冥利につきる部屋だったように思います。
そんなT君は当時ラーメン屋でバイトをしてたんだけど、店を一人で取り仕切るという荒行をこなしており、自分家の近所のラーメン屋だったこともあり、貧乏な中谷に飲めや歌えやとバイトの日はいつも誘ってくれました。
行く日も来る日も豚骨ラーメン貪り放題の毎日でした。
サービスも満点でした。
まるで豚骨ラーメンの満漢全席と言わんばかりのその仰々しい出で立ち(トッピング)は徳島から出て来た田舎っ子の度肝を抜くには十分すぎるボリュームを提供し続けてくれました。
明太子が丸々三本入っていたことがあります。
嫌がらせでしょうか。
間違いなくR指定のラーメン。
背中に入れ墨があった時、この時も豚骨ラーメンを胃袋に流し込み
明日の公演に備えていたころでしょう。
1998年5月当時 体重56kg